キャンプ期間中はフィールドとロッジの往復になりますので、町をゆっくり散策する時間はありませんが、おおよその町の雰囲気はつかんでいただけるのではないでしょうか。
サッカー界の「レジェンド」サー・ボビー・チャールトンが設立し、デビッド・ベッカムはじめ多くのプロを輩出した、イギリスの少年サッカースクール「ボビー・チャールトン・サッカー&スポーツ・アカデミー(Bobby Charlton Soccer and Sports Academy / BCSSA) 」 。
世界中からサッカー少年少女が集まる1週間の夏休み合宿「サマーレジデンシャル(Summer Residential)」を紹介するブログです。2016年の募集は終了しました。2017年分は予約可能ですが、日程と価格は今秋の発表予定です。
2013年7月12日金曜日
2012年8月8日水曜日
DVDサンプル
当ブログ記事「合宿期間中の写真やビデオ撮影」で言及したDVDのサンプルをアップしました。
映像は2012年第5週(夏休み第1週)のものです。撮影はイギリス側スタッフ。
音声は差し替えてます。
基本的に金曜日の練習終了後、帰国までの間に希望者にお分けしています。
帰国後でも日本人スタッフが他の週でイギリスに行く場合、後日でも入手出来る場合がありますが、できるだけイギリスにいる間にご発注下さいますようお願いいたします。
映像は2012年第5週(夏休み第1週)のものです。撮影はイギリス側スタッフ。
音声は差し替えてます。
基本的に金曜日の練習終了後、帰国までの間に希望者にお分けしています。
帰国後でも日本人スタッフが他の週でイギリスに行く場合、後日でも入手出来る場合がありますが、できるだけイギリスにいる間にご発注下さいますようお願いいたします。
2012年7月30日月曜日
2012年7月26日木曜日
アンフィールド・フットボール・スタジアムについて
リバプールは、マンチェスターから西に約50kmほどいったところに位置する都市で、ビートルズの出身地として世界的に知られた街です。
リバプールには、リバプールFCとエヴァートンFCというクラブが本拠を置いています。アンフィールドは、リバプールFCのホームスタジアムになります。
マンチェスターからは、日本で言うと東京~鎌倉、大阪~京都、名古屋~豊橋間くらいの距離感覚で比較的近いところですので、ここもホームスタジアム見学ツアーの予定地の一つに入っています。
リバプールには、リバプールFCとエヴァートンFCというクラブが本拠を置いています。アンフィールドは、リバプールFCのホームスタジアムになります。
マンチェスターからは、日本で言うと東京~鎌倉、大阪~京都、名古屋~豊橋間くらいの距離感覚で比較的近いところですので、ここもホームスタジアム見学ツアーの予定地の一つに入っています。
2012年7月22日日曜日
ストリートビューでめぐるマンチェスター(1)スタジアム
今回は、Googleストリートビューをつかって、マンチェスターの名所をいくつかまわってみましょう。
マウス操作で視点を移動したり、前後に進んだりできます。いろいろ遊んでみて下さい。
まずは、オールド・トラッフォードから。
マウス操作で視点を移動したり、前後に進んだりできます。いろいろ遊んでみて下さい。
まずは、オールド・トラッフォードから。
2012年7月20日金曜日
ホテルはどんなところ?
宿舎は「トラベロッジ・マンチェスター・ディズベリー」というホテルです。
練習会場から歩いて10分くらいのところにあります。
駅前、幹線道路沿いのロッジタイプの宿舎で、日本でいうビジネスホテルに近いと思います。
練習会場から歩いて10分くらいのところにあります。
駅前、幹線道路沿いのロッジタイプの宿舎で、日本でいうビジネスホテルに近いと思います。
この合宿はプロの生活体験という目的もあるため、どちらかと言うと、旅慣れた大人向けの宿泊施設で、観光客向けのものではありません。
しかしながら、9歳~18歳の少年少女が参加しますので、年齢等に応じた配慮はされています。
しかしながら、9歳~18歳の少年少女が参加しますので、年齢等に応じた配慮はされています。
また、日本からの参加者については、日本人スタッフが同じ宿舎に泊まり、お世話いたします。
2012年7月19日木曜日
いちどに8試合できる!広い天然芝フィールド
2012年7月15日日曜日
サー・ボビー・チャールトンってどんな人?(2) ミュンヘンの悲劇
サー・ボビー・チャールトンってどんな人?(1) サッカー界のレジェンド のつづき
「ミュンヘンの悲劇」はマンチェスター・ユナイテッドというクラブを語る上で避けることのできない悲劇であり、数少ない生存者のひとりでもあるボビー・チャールトン個人にとっても重要なできごとです。
1958年2月6日に起こった航空機事故「ミュンヘンの悲劇」。マンチェスター・ユナイテッドがヨーロッパ・チャンピオンズ・カップのイングランド代表としてユーゴスラビアに遠征、準決勝進出を決めてイギリスへ戻る途中の出来事でした。
「ミュンヘンの悲劇」はマンチェスター・ユナイテッドというクラブを語る上で避けることのできない悲劇であり、数少ない生存者のひとりでもあるボビー・チャールトン個人にとっても重要なできごとです。
1958年2月6日に起こった航空機事故「ミュンヘンの悲劇」。マンチェスター・ユナイテッドがヨーロッパ・チャンピオンズ・カップのイングランド代表としてユーゴスラビアに遠征、準決勝進出を決めてイギリスへ戻る途中の出来事でした。
サー・ボビー・チャールトンってどんな人?(1) サッカー界のレジェンド
サー・ボビー・チャールトン(1937〜)は、イギリスを代表するフットボーラー。
本名はロバート・チャールトン。「ボビー」は本名「ロバート」のニックネーム、最初のサーはナイトの爵位を授けられた人につける称号・敬称です。
2012年現在、マンチェスター・ユナイテッドFCの役員をしています。
1954年に17歳でマンチェスター・ユナイテッドに入団。1956年のレギュラー定着後はユナイテッドの中心選手となり、1950〜70年代の長きにわたり活躍しました。
左足から繰り出される、「キャノン・シュート」と呼ばれる強力なシュートを武器とし、パワーとテクニックを兼ね備えた選手で、イングランド史上最高の選手といわれています。
本名はロバート・チャールトン。「ボビー」は本名「ロバート」のニックネーム、最初のサーはナイトの爵位を授けられた人につける称号・敬称です。
2012年現在、マンチェスター・ユナイテッドFCの役員をしています。
1954年に17歳でマンチェスター・ユナイテッドに入団。1956年のレギュラー定着後はユナイテッドの中心選手となり、1950〜70年代の長きにわたり活躍しました。
左足から繰り出される、「キャノン・シュート」と呼ばれる強力なシュートを武器とし、パワーとテクニックを兼ね備えた選手で、イングランド史上最高の選手といわれています。
2012年7月14日土曜日
サマーレジデンシャルに参加しよう!
日本の国内でもいろいろなサッカーのサマースクールやイベント、講習会があります。もちろんそれに参加することはとても大事です。日本には日本の良さがあるからです。でも日本のみなさんには、いつか一度はサマーレジデンシャルに参加してほしいと願っています。
世界で一番のプロリーグといえばもちろんプレミアリーグ。そのプレミアリーグでもチーム数の一番多いグレーター・マンチェスター地域周辺。
マンチェスター市内には名門マンチェスター・ユナイテッドに、昨シーズンのプレミアリーグ覇者マンチェスター・シティというビッグネームが。同じプレミアの、ボルトン、エバートン、アスレチックス、リバプールも近くにあります。
★サッカー発祥の地イギリス
世界で一番のプロリーグといえばもちろんプレミアリーグ。そのプレミアリーグでもチーム数の一番多いグレーター・マンチェスター地域周辺。
マンチェスター市内には名門マンチェスター・ユナイテッドに、昨シーズンのプレミアリーグ覇者マンチェスター・シティというビッグネームが。同じプレミアの、ボルトン、エバートン、アスレチックス、リバプールも近くにあります。
ボビー・チャールトン・サッカースクールについて
ボビー・チャールトン・サッカー・アンド・スポーツ・アカデミーが正式名称です。
英語でBobby Charlton Soccer and Sports Academy、略称はBCSSAになります。
その名のとおり、イングランドサッカー界の「伝説」サー・ボビー・チャールトンによって1978年に設立されました。(サー・ボビー・チャールトンについては、別の記事で紹介したいと思います。)
BCSSAはイギリスで非常に有名な少年サッカースクールです。サー・ボビー・チャールトンのサッカー教室であることはもちろんのこと、あの「イングランドの貴公子」デビッド・ベッカムを発掘したことでも有名です。
英語でBobby Charlton Soccer and Sports Academy、略称はBCSSAになります。
その名のとおり、イングランドサッカー界の「伝説」サー・ボビー・チャールトンによって1978年に設立されました。(サー・ボビー・チャールトンについては、別の記事で紹介したいと思います。)
BCSSAはイギリスで非常に有名な少年サッカースクールです。サー・ボビー・チャールトンのサッカー教室であることはもちろんのこと、あの「イングランドの貴公子」デビッド・ベッカムを発掘したことでも有名です。
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