サッカー界の「レジェンド」サー・ボビー・チャールトンが設立し、デビッド・ベッカムはじめ多くのプロを輩出した、イギリスの少年サッカースクール「ボビー・チャールトン・サッカー&スポーツ・アカデミー(Bobby Charlton Soccer and Sports Academy / BCSSA) 」 。

世界中からサッカー少年少女が集まる1週間の夏休み合宿「サマーレジデンシャル(Summer Residential)」を紹介するブログです。2016年の募集は終了しました。2017年分は予約可能ですが、日程と価格は今秋の発表予定です。


ラベル 人物 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 人物 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年9月1日木曜日

マルコス・アロンソ選手がチェルシーに移籍

以前もこのブログでご紹介した、われらボビーズの先輩、マルコス・アロンソ・メンドゥーサ選手が、イギリスプレミアリーグのチェルシーFCに移籍するとのこと。

 →マルコス・アロンソ・メンドーサ - Wikipedia

10年前のサマーレジデンシャルのスキルテストで最高得点を叩き出し、歴代3位の成績を誇る彼が、今後どういった活躍を見せてくれるか楽しみです。

過去記事:「元ボビーズがキャピタル・ワン・カップにスタメン出場」(2014.3.8)


2016年8月1日月曜日

サー・ボビーがTwitterデビュー

イングランドがワールドカップで優勝して50年の節目の日、ついにサー・ボビー・チャールトンがツイッター上でデビューしました。

訳:今日はイングランドがワールドカップで優勝してから50周年ですが、昨日のことのように覚えています。友人ならびにサポーターの皆様に感謝します。

以前、偽アカウントがあって、本部をさしおいて日本支部アカウントが一時フォローされて微妙に困ったこともありましたが、今回は早々にバッジもついて正真正銘。みなさんも是非フォローを。

本部のツイート
ルーニー選手のツイート

御年78歳にしてのデビュー。そして1日経たずして万単位のフォロワーを獲得して、人気に衰えはありません。今後どのようなツイートをされるのか、期待したいと思います。

2016年4月3日日曜日

サー・ボビー・チャールトン・スタンド

2016年4月3日(日)は我々にとっても特別な日です。

マンチェスターユナイテッドの本拠スタジアムであるオールド・トラフォードのサウススタンドが、「サー・ボビー・チャールトン・スタンド」に改名されます。

これは、サー・ボビー・チャールトンのユナイテッドでのデビュー60週年を記念したもので、同日行われるエバートン戦直前のお披露目となります。

サー・ボビーは現役期間中、攻撃的ミッドフィルダーとして、リーグ優勝はもとより、1966年の自国開催のワールドカップ優勝、1968年のヨーロピアンカップ優勝に大きく貢献。また、1958年の「ミュンヘンの悲劇」からの生還者の一人でもあります。

現役引退後は、ハイクオリティなコーチングをあらゆる人に提供すべく、我がBCSSAを立ち上げます。

1978年の設立以来、81ヶ国からのべ100万人が参加し、デビッド・ベッカムを筆頭に多くのプレイヤーを発掘し、プロフェッショナルのクラブに送り出してきました。

我々は各プレイヤーの技術、戦術、フィジカル、メンタルのそれぞれを開発することを目指していますが、何より大事にしているのは、選手のポテンシャルを最大限引き出すことです。

今年の夏も、世界中から様々なプレイヤーが集ってマンチェスターで合宿を行います。
あなたもサー・ボビーの志と心を受け継いでください。

2015年9月9日水曜日

ルーニー、サー・ボビーの歴代得点記録を抜く

ついに記録更新です。

イングランド代表ウェイン・ルーニー選手が、スイス戦でゴールをあげ、代表得点数を50とし、長らくサー・ボビー・チャールトンが保持していた最高記録を更新しました。

記録はいつか破られるもの。この偉業に惜しみない拍手を。

今後どこまで記録が伸びるかも楽しみです。引き続き期待しています。


2015年9月7日月曜日

ルーニー、サー・ボビーの代表最高得点に並ぶ

さる9月5日、ユーロ2015予選サンマリノ戦において、イングランド代表ウェイン・ルーニーが、サー・ボビー・チャールトンのもつ代表最高得点49に並びました。



同時にキャップ数もサー・ボビーの記録106に並んでいます。

2014年8月27日水曜日

ファイナリスト歴代トップ10

NHKさんの取材時に、スキルテストの具体的な点数についてご質問があったのですが、現時点で「非公開」とさせていただいており、回答は控えさせていただきました。

ただ、比較対象になるような基準がないのもちょっと心苦しいので、ちょっと形を変えて歴代のスキルコンテスト優勝者(2014現在)についてお話しようと思います。

手元に歴代ファイナリストの獲得点数をまとめた資料があります。内容はいわゆる「大人の事情」でお教えできませんが、差し支えない範囲や表現にとどめてチラッと。

年間ファイナリストの歴代トップ10です。

歴代1位はデヴィッド・ベッカム。突出してます。

30年もやっていると参加した人数がかなり多いので、上位の点数差は僅差になることは想像に難くないでしょう。

実際2位以下の各点数差はおおむね20ポイント前後の狭い幅に収まっています。

しかしながら1位と2位の差だけは140ポイント。1ケタ数字が違います。

細かくテストの項目を見ていくと、シュートの点数が若干弱いかなと感じるものの、パスで満点を出すなど、すべての項目で高得点。

一番の驚きはロフテッドパス(ふわりと浮かせるパス)の点数です。

2014年8月26日火曜日

バロテッリと一緒に

マリオ・バロテッリ選手(Wikipedia)のリヴァプール移籍が決まったようです。

バロテッリといえば、今日こんなツイートがありました。

別の写真


数年前とのことですので、ミランに移籍する前のシティ在籍時代の2010年頃のものと思われます。サマーキャンプ会場のあるパーズウッド・コンプレックスで参加者と一緒に撮ったものです。

毎年いつもというわけではないのですが、たまにこういったチャンスに巡りあうことがあります。

2014年8月21日木曜日

また1人プロ選手が紹介されていました。

きょう、またひとりボビーズファミリーの一員が紹介されていました。

アイスランド代表のヨーハン・グズムンドソン選手(Wikipedia)です。
現在はオランダのAZアルクマール所属(FW)です。

AZアルクマールといえば、今シーズンからユナイテッドの指揮を取るファン・ハール監督が選手あるいは監督として所属していたところですね。

バスケットの英国対アイスランドの試合を見に来たようです。

写真を見るとすごく小柄に見えますが、周りの英国本部スタッフの背が高いのでご注意を。(後ろに写ってる女の子たちと比較するとよくわかるのではないでしょうか。)

ウィキペディアの日本語以外の項目を見ると、彼の身長は186cm説と178cm説とまちまちですね。

写真の右側の女性、ジェラルディンは、ブログ担当の私も会ったことがありますが、私とほぼ同じ身長だった記憶がありますので、ヒールを履いていることを考慮しても、後者の説が正解か正解に近いのではないかと思われます。

このように、ボビーズファミリーには、イギリス外のプロ選手も多くいます。
将来、われらボビーズがJリーグや日本代表としてデビューしてくれると嬉しいですね。

2014年7月12日土曜日

古い集合写真

昨日、ツイッターの英国本部アカウントで貴重な写真が投稿されましたのでご紹介。

日本側スタッフも初めて見た写真です。未確認ですが初出かもしれません。

前列中央が子供の頃のデイヴィッド・ベッカム。

左端はもちろんサー・ボビー。

2014年3月8日土曜日

元ボビーズがキャピタル・ワン・カップにスタメン出場

ボビーズファミリーにはプロ選手になった人が多いのはご存知の通り。

3月2日のキャピタル・ワン・カップ決勝にスタメンで出ていた、サンダーランドのマルコス・アロンソ選手もかつてサマーレジデンシャルに参加してくれた一人です。

 →マルコス・アロンソ・メンドーサ - Wikipedia

彼は8年前の参加時にスキルテストにおいてグループ最高得点を叩き出したのですが、それでもデビッド・ベッカムには160ポイント及ばなかったそうです。

決して彼は凡庸な選手ではない、現役のプレミアリーガーです。それ故に、逆にベッカムがいかに凄いかがわかるエピソードだといえましょう。

ベッカム先輩の最高記録はいまだに破られていません。

2013年9月18日水曜日

ルーニー200ゴール!!

現地9月17日の試合で、マンチェスター・ユナイテッドのウェイン・ルーニー選手が通算200ゴールを達成しました。

シーズン開始まで色々気をもませてもらいましたが、頭の怪我の状態もよくなったようで、ゲームに復帰。

ユナイテッド史上4番目のゴール数ですが、1位のサー・ボビー・チャールトンの記録249ゴールに最も近い現役選手です。

ルーニーは現在27歳で、サー・ボビーの記録に挑むには年齢的な問題はなさそう。どこまで記録を伸ばせるか非常に楽しみです。


関連して秘蔵写真をいくつか紹介。

2013年8月27日火曜日

日本人ファイナリストが新聞記事で取り上げられました。

スキルズファイナルの件、新聞記事で取り上げられました。

【石川】ベッカムに憧れ 小5世界へ 中能登・谷内君 日本人初の優秀選手
http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20130827/CK2013082702000042.html

ちょっと補足を。

優秀選手に選ばれたのは昨年なんですが、イギリス側が毎年秋に行われていたファイナルの日程を夏に移動させた関係で今年のファイナル参加ということになりました。

海外ファイナリストが増え、秋の日程では来られない人が多くなってきたためです。

以後夏のレジデンシャルの最終日の翌日の土曜日に行う予定になっています。

2013年8月1日木曜日

リオ・ファーディナンドのテスティモニアルを見に行きます!

8月9日(金)に、マンチェスター・ユナイテッドのDF、リオ・ファーディナンドのテスティモニアル・マッチ(Testimonial match:顕彰試合)が行われます。

今年のサマーキャンプ参加者がこの試合を見に行くことになりました。

顕彰試合とは、クラブに功績のあった選手を讃えるために設定された試合。今回はスペイン、リーガ・エスパニョーラのセビージャFCとの対戦になります。

リオについては、ユナイテッドファンの方には改めて説明の必要もありませんね。日本でも人気の高い選手です。先日の日本遠征にも同行、セレッソ大阪戦ではフル出場しています。

リオ・ファーディナンド - Wikipedia

香川フィーバーを語るDFリオ・ファーディナンド「ベッカムのようだ」




彼は2002年の日韓ワールドカップにイングランド代表として来日しています。このときはリーズ・ユナイテッドの所属でしたが、ワールドカップ期間中にユナイテッドに移籍しています。

これに関連して、日本との関わりだけでなく、彼の人となりがわかるエピソードとして、これは外せないでしょう。

「リオ・ファーディナンド、附属池田小事件を語る 」-Quoly


現在34歳の彼は、一時引退も噂されていましたが、先日ユナイテッドとの1年契約に合意。この試合が次シーズンのスタートとなります。

今回は楽しみが増えました。ぜひ、一流の舞台で一流のプレイヤーを見て、参加者諸君の糧にしてください!

2013年7月17日水曜日

マンチェスター出身のミュージシャン

マンチェスターは、1960年代以降、多くのロックスター、ポップスターを生み出したことでも知られています。

いくつか簡単にピックアップしてみました。中の人の独断チョイスですがご勘弁を。

■1960年代 ~ ビートルズのライバルたち

60年代、リバプール出身のビートルズ全盛の頃です。いわゆるマージ・ビート、ブリティッシュ・ビートと呼ばれるムーブメントの時代。

中心地はリバプールでしたが、地理的にも近いマンチェスターでも人気グループが続々誕生します。

★フレディー&ザ・ドリーマーズ(Freddie & The Dreamers)



2013年5月17日金曜日

デビッド・ベッカム引退

とうとうこの日が。

ボビーズの大先輩である、デビッド・ベッカムが引退を表明しました。

我々にとって、サー・ボビー・チャールトンと並んで、デビッド・ベッカムは大きな目標であり、「伝説」でもあります。



2013年2月16日土曜日

中日新聞「この人」でコーチが紹介されました。

2013年2月16日付の中日新聞朝刊「この人」で、当BCSSA日本常駐コーチのステュアートのインタビューが掲載されました。



当初、地域ニュースでの扱いと聞いてましたが、今回は広域でご覧いただけたようです。


(追記)ちょっと補足しておきます。

・「サッカー体験留学」とありますが、これは本ブログ主題のサマーレジデンシャルのことです。

・「最優秀賞」は、マンチェスターのトラフォードでの「スポーツ・コーチ・オブ・ザ・イヤー」。

・「週1,2回の...」は、週1回コース(標準)、週2回コース(アドバンスクラス)という、コース種別です。

スペースが限られるのと、日本語にすると長ったらしくなる言葉もあるところ、うまくまとめていただいたと思います。記者の方もかなり苦労されたのでは?

あと、この記事には書いてありませんが、彼はBCSSAに入る前は、マンチェスター・シティFCの下部組織で子供を教えていました。ご参考まで。

2012年7月16日月曜日

この人もボビーズ?

多くのプロ選手を生んだBCSSAですが、 ときどきひょんなことから意外な人物がボビーズだったことが発覚することがあります。

デビッド・ベッカムとボビー・チャールトン・サッカースクール

「イングランドの貴公子」デビッド・ベッカムがボビー・チャールトンのサッカースクール出身であることはよく知られています。彼がBCSSAに参加していたのは1986年〜88年です。

少年時代のデビッド・ベッカムとサー・ボビー・チャールトン
彼はロンドン在住で、わざわざ遠くのマンチェスターまで足を運びBCSSAの門を叩きます。

サマーレジデンシャルにも参加していたそうですが、そのころすでにスター生徒だったようです。

当時のコーチによれば、彼はプロ入りを決意していたらしく、サッカーにたいへんまじめに取り組み、個人テクニックのブラッシュアップにはげんでいたとのこと。

2012年7月15日日曜日

サー・ボビー・チャールトンってどんな人?(2) ミュンヘンの悲劇

サー・ボビー・チャールトンってどんな人?(1) サッカー界のレジェンド のつづき

 「ミュンヘンの悲劇」はマンチェスター・ユナイテッドというクラブを語る上で避けることのできない悲劇であり、数少ない生存者のひとりでもあるボビー・チャールトン個人にとっても重要なできごとです。

1958年2月6日に起こった航空機事故「ミュンヘンの悲劇」。マンチェスター・ユナイテッドがヨーロッパ・チャンピオンズ・カップのイングランド代表としてユーゴスラビアに遠征、準決勝進出を決めてイギリスへ戻る途中の出来事でした。

サー・ボビー・チャールトンってどんな人?(1) サッカー界のレジェンド

サー・ボビー・チャールトン(1937〜)は、イギリスを代表するフットボーラー。


本名はロバート・チャールトン。「ボビー」は本名「ロバート」のニックネーム、最初のサーはナイトの爵位を授けられた人につける称号・敬称です。

2012年現在、マンチェスター・ユナイテッドFCの役員をしています。

1954年に17歳でマンチェスター・ユナイテッドに入団。1956年のレギュラー定着後はユナイテッドの中心選手となり、1950〜70年代の長きにわたり活躍しました。

左足から繰り出される、「キャノン・シュート」と呼ばれる強力なシュートを武器とし、パワーとテクニックを兼ね備えた選手で、イングランド史上最高の選手といわれています。